「変わってるね」は褒め言葉

一部上場の大企業を辞めて起業したCEOの戯言

負のオーラに包まれる都心の電車

ひさびさに都内の通勤ラッシュ時間に電車乗ったが負のオーラを恐ろしく感じた話。

ものの45分程度のぎゅうぎゅう詰めの体験だったけれど、そこには

  • 無言で肘をぐいぐいと押し付けて場所をキープする絶対オレゾーン奴
  • 入口ドア付近から絶対うごかない絶対ドア奴
  • 他人の頭や顔に触れてじゃまになりそうでもつり輪は絶対俺のもの奴
  • 駅についても外に出ない絶対俺は動かない奴

という人たちを相変わらずちらほら見かけたのだが、そこにはギスギスというか暗黙のせめぎ合いみたいなのを感じざるを得なかった。

時々聞こえてくる舌打ち音、駅についたとたんに肘で強引に押し出す人とそれに睨み返す人。降りる側優先階段を上がってきてぶつかってけんかになりそうになってる人。

そしてびっくりしたのは、歩きスマフォ率。もうあちこちで見かける。それもヘッドフォン・イヤフォンしたままなので、人とぶつかりそうになるのを何度もみかけた。

都心、それも丸の内や品川など日本の有名企業が集まる会社へ通勤する彼等はきっと本当はすごく優秀なんだろう。家に帰ると良きパパママであり、先輩であったり、良い娘さんだったりするんだろう。

でも、通勤電車はネガティブ(負)のオーラに包まれていて、そういう人たちの潜在的な、普段は見えてこない、負の部分が露呈される環境になっている気がしてならない。

なるほど、だから、ベビーカーをここに持ち込むと色々議論になるだろう、なと。ちょっと電車がとまっただけで係員に暴言暴力を振るうってのもまさにネガティブオーラの中から出てきた負の感情の爆発にも思える。

もう東京の交通網は詰んでる気がする。

どんどん人を吸収していくが、どうみたって公共交通機関がそれに追いついてないし、追いつけるような場所も手段もない。

欧州で都市化が進みすぎて問題になりそうな時に、「職住近接」政策がはじまったが、日本ではなかなかこれは浸透しないだろう。企業側が都市に集中していくわけだから。

通勤費を自己負担にすれば良い、という話も最近聞いた。確かにそれもあるだろうが、ドMな日本人はそれでも引越はしないのではと個人的には思うし、会社側としては優秀な人が通勤費を理由にやめられるのは困るから出す事になるだろう(その分、給料を上げればいいのだが、そこは成果主義が中々上手く回っていないから難しいとも考える)

もとい、いつからこんな負のオーラに包まれるような電車になったんだろうか。

いや、もしかしたら、自分だけがそう感じるだけなのかもしれない。

どちらにしても、もはや2階建て車両にすればいい、という話では都心の交通機関の問題は解決はしない、もっと中長期的な都市計画をしていかないと本当に詰んできていると思えて仕方ない。

※筆者は都市計画論などの専門家ではないのであくまでも個人の感じた意見です

行列好きな日本人の気質が社畜を生む?

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近所に近年急にテレビで紹介されて有名になったステーキ屋がある。 いつ見ても外に何十人も並んで行列ができている。 冬場のクソ寒い日も花粉が飛びまくっている日も熱中症で倒れそうな夏場ですら。

おそらくここで食べた人たちは、

  • 「1時間も並んで食べてきたけど、まじ美味かったよ」
  • 「並んでこそ美味しさが倍増するんだよ」
  • 「皆食べて美味しいっていってるよ!」

と口に出すだろう。

ここになんだか日本人の『我慢は美徳』『同調意識』みたいなものがプンプン匂ってきた。つまりは、社畜よろしくなブラック化を野放しにするのは日本人の気質や性格なんじゃないかな、と感じている。

もちろん極論だし、単なる自分の推測だけではあるのだけど...

欧米の知人にこういう話をすると「お客さんをバカみたいに並ばせる時点で、皆、違う店にいくよ」という。そして、「お前がそこで1時間並んでいる間に俺は別の店でもっと美味しいものを食べて楽しく過ごした」という自慢話になるという。

日本だと確かに「すごく並んだ」「待った」「安くした」みたいな我慢ネタがなぜかもてはやされ美徳的になる。単語だけでみるとネガティブな印象をもつ体験がポジティブに捉えられている気がする。

これって、「残業を100時間今月はした」「今月も休出」「睡眠時間けずって頑張った」みたいな仕事の我慢話と同じにもみえる。

西洋人にそういう我慢話をすると割と本気で引かれることがある。彼らはどっちかというと、いかに楽に簡単にやったか、とか、人とは違う高いものを買ったとか、そういうポジティブ系の自慢はする。

日本だと佳境な環境で頑張ってアウトプットだしたことを自慢するけど、外に出ると、いかに楽にうまくアウトプットをだしたか、の自慢の違いである。

日本ではネガティブ自慢ができる、許されるから、そういう社会になってしまうのではないか

もちろん海外でも逆境から頑張って這いずり上がったサクセスストーリーは聞くしそういう話題が皆無ってわけではない。でも、ネガティブな部分については、「なぜそれを美徳やよい事にすり替えるのはおかしいよ」とコメントされる。

日本人でもベストセラーを叩き出す経営者や事業家の本や発言をみると、彼らはそういう我慢=美徳とはしておらず、その我慢となるストレスを排除するためにどんどん決断して進めると言っている。

ここまでの話は私個人の極端論。こういう社会的な慣習と事象はそう簡単にリンクはしないだろう。あくまでもネタ的に投稿してみた。

自分は、並ぶことがただただ苦手な人間なのである。

サービスクオリティを求め過ぎる代償で自ら首を絞めてないか

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海外旅行や出張から戻ってくると驚くのは日本のサービスのきめ細やかさや質の高さである。もちろんダメなところもあるけれど平均として他国と比べて高いと思う。

公共交通は時刻表通りで、1分でも遅れようならアナウンスが流れる。バスもいまどこ走ってるか分かる。新幹線なんてよく衝突しないなーってぐらいの間隔で走っている。

ネット通販でポチッと押すと翌日、早ければ即日に配達される。

ヨドバシカメラの通販なんて分単位で到着予想時間が通知されるほどでホント驚く。

街の店舗が時間より前に閉まる事はないし、台風だろうが大雪だろうが基本空いている。コンビニはあちこちにあって24時間営業で、店内は明るく(割と)清潔だ。

遅い遅いとっても引越し後の電気やガス工事なんて一日で終わる。一週間待ってくれ、なんてのはない。

お得意の担当さんが2週間とか1ヶ月休みなんてことはないし、あっても事前にあれこれトラブルないように引き継ぎされている。

もうこういうサービスクオリティに慣れてしまってきているが、これらはそこで働いている人などの努力にほかならない。

というと格好良く聞こえるが、中の人はたまったもんじゃないところもあるだろう。またはいわゆる社畜の人たちがもがいているおかげともいえる。

一昔前だったらここまで無くても、多少不自由ではあったけど、命にかかわる問題でもないし、そういうもんだ、と思っていた。 しかし、いまは、ちょっと問題があると、クソだの中の人はサボるな、とかいわれる。

利便性や正確さを求めていくのは自然な流れではあるけれど、それに伴い自分たちの首を絞めているようでならない。

Noといえない日本人の気質としてはこれは危険な感じがする(素人考えかもしれないが)。加えてIT(ICT, IoT)化によってもこれは更に加速していく。

もうすこし国全体が、住んでいる人が、心に余裕があればいいな、と思う。自分への戒めもこめて。

夜中にお腹が空いた時にコンビニで好きなモノを買って食べられる幸せはある。クオリティを上げることを否定するわけではないし、感謝なのだが、本当にこれでいいのかって思う。

そして、これはいわゆる「おもてなし」ではないんだろうな、と。

ポケモンGo は歩きスマフォの危険性をどうするのか!?

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いよいよ日本でもポケモンGoがサービス開始になる。 www.pokemon.co.jp

現実世界にポケモンが現われるのでそれをモンスターボールでゲットだぜ!するサービスだ。

といっても実際に現実世界にポケモンは居ないのでスマフォのカメラを通した現実世界に仮想世界を重ねるAR技術を使っている。

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見慣れた近所の公園にピカチュウとか居たら...と考えると好きな人はワクテカだろう。自分もちょっと楽しみにしている一人だ。

しかし、ちょっと待ったー!

すでに先行でサービスが始まっている欧米では、歩きスマフォによる危険性を問われ始めているのだ。

どこにいるかなー、ってアプリをONにしたまま地図を頼りにスマフォを覗きながら歩くのだからそりゃ危険だ。

リアルの地図を使ったサービスとしてIngressがあるが、あれも一時期歩きスマフォ問題があった。

新しい体験をすぐ規制だなんだでむしり取るのは宜しくないことだと思うが、今の日本においては即効規制したほうが良い気がしている。

LINE, メールなどのSNSや動画閲覧といったことだけでも、ながらスマフォしてしまう人が多い日本。

そしてそれによって人同士がぶつかったり、線路に落ちたり、事故おこしたり。

もちろん自制出来る人が大半だと思いたいが、スマフォのカメラシャッター音のように強制的に規制しないと、「自分は大丈夫」っておもってしまう人が多いように思える。特に日本人は自己危機管理意識が弱い人種だから尚更そう思う。他国では道路に出たら車の方が優先でぼっと車道をふらふらしていたバンバン轢かれてしまう。そういう危険性があることを小さい頃から教育され、そして、身についている。

そんな欧米諸国ですら、「Pokemon Goは危険!」って警告をならすのだから日本だとどうなるやら...

事故などトラブルを単独で起こすならともかく、この手のは他人に迷惑がかかる。

自分は車を良く運転するが、日本だとどんなに避けられないような状況で人が飛び出してもドライバーに過失がくるおかしな法律である。うっかり道路際に「ナゾノクサ発見!!やったー」なんて飛び出して来る子供とかいたらどうするの、と思ってしまう。

改めて言うと Ingress にしろ Pokemon Go にしろどちらも個人的には凄く面白いアイデアだと思うし新しい体験ができるエンターテインメントだと思う。ただ、いまの現代社会でいうと、新しい体験に自制心が勝ってしまう人が多いんだろうなという不安がかなり強い。

クローズドなところでやればいいのに、と思うのだが、それだと楽しさ半減、っていうのも分かる。なかなか難しいところだ。

結果、悲しいかな、ドローン同様に規制せざるを得ないのかなとも感じる。

なお、ポケモンGoではスマフォをつかわなくともボタンを押すだけで捕まえる事ができる特別なガジェットも売るそうだ。しかし、皆がこれを買うとも思えないし、ARの面白さを見せてしまったらこれには戻れないだろうな、というのが正直なところだ。

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「人間、一度楽しい事や楽なことを覚えてしまうと、そう簡単に元には戻れない」

ANA株主優待割引のスクラッチを消しすぎた場合は

ANA株主優待割引番号ご案内書のスクラッチ部分、あの銀色の部分だが、意外に繊細な気がする。 1円玉とかだと削り難く、500円とか角がかなり固い奴だと今度は削りすぎてしまう。 そして、先日、あぁやってしまった。強く削るなといっても弱いと全然削れないから、ごしごしやったら、

あぁ〜数文字削りすぎて見えねぇ〜(´・ω・`)

株主優待登録できないとせっかくの割引料金にならない、やべぇ...

多分、同じような人がいるかと思うので先に結論を書くと全く焦る事はありません。 QRコードの方が残っていれば大丈夫!b(゚Д゚)

解決策

  1. ANA HPで予約やチケット購入しようとしている人はそのまま株主優待で購入
  2. 株主優待番号/パスワード登録はHP上ではできないので放置 (株主優待番号未登録となりますが当日までにやればOK)
  3. そのまま空港のANAカウンターに行って株主優待番号ご案内書を見せて事情を伝えればそのまま登録してくれて終了!自動チェックイン機でもQRコードで登録可能なようです。

困ったちゃんなのは、こちらの公式サイト

www.ana.co.jp

などをみてもパスワードが消えてしまった時の対応方法がどこにもかいてないこと。正直、パスワード消えたら、焦るよね...普通の人は。なんでかいてないのかなぁ。FAQにもないみたいだし。ANAさん、ぜひ、ネット上にも解決さく書いておいてください。

日本のITエンジニアは何をすべきか?

f:id:michipdale:20160414012843j:plain 前職の大手電機メーカーでソフトウェア開発を10年ぐらい前までは中国に依頼していた。オフショアっていうやつだ。

そして中国の単価が上がってくるに従い、より安いところ、例えば台湾、インドへと依頼先が変っていった。最近、IT業界だとシンガポール、マレーシア、タイあたりも急成長してきているらしい。

いまや中国の奥地でもアフリカでも携帯/スマフォでインターネットに繋がる時代。昔とちがって英語の勉強も数学の勉強も、もちろん、プログラムだってネットの先にサンプルもあれば先生もいる。

アジアのまさに今発展しようとしている地域の子供は、親を養うために、と、どん欲になって勉強する。かつては教科書もなければパソコンなんてものはなかったから大学に入るまで教育レベルは低く学ぼうとしても学べなかったのに対して、いまは本当に良い時代だ。彼等はいつでもどこでも学んで吸収していく。

かつてのように日本の大学生や若いエンジニアは世界的にみて大きなアドバンテージはなくなっている、と思うのだ。

もう要件のきまったモジュールを開発するとかそういうのはどの国でもできる。要件決めや上流設計すらオフショア先でできてしまうぐらい人がそだってきている。

インドやマレーシア現地で人気の会社は、中国>韓国>日本の順らしい。かつては日本の企業で働きたい!と名指しだったのが今ではまったく人気がないそうだ。

理由は簡単。

中国や韓国の企業は、欲しいスキルをもっている人材を大金払って雇う。でも教育している時間がないからほぼ現地で全部マネージメントしてやらせてしまう。かなり無茶ぶりだが責任も大きいがやりがいがある。そしてパフォーマンスがあがらないとすぱっと切る。分かりやすいロジックだ。

一方、日本企業は、あくまでもマネージメントやコントロールは日本人がやる。やりたがる。だから日本人の駐在員があれこれ一から日本流のやりかたを教育する。しかし文化の違いや考え方の違いでなかなか思うようにいかないこともある。特にオフショア先のエンジニアにはMITだのスタンフォードレベルの大学を出てきてる人もいて「なんでこんなしょーもないことやらせるの?」みたいになるらしい。 結果、やったら時間かけて一から教育させられて日本の型にいれようとするが給料は中国企業の3〜5分の1なんだから辞めていく。おいしいところは日本人がやるのだから当然といえば当然の結果。

自分の経験だとまだまだインドやマレーシアのトップソフトウェアベンダでもまだまだだなぁと思う事はおおかった。ソフトの品質管理とかテストの仕方とか上流設計の組み方とか。ただ、これももうちょっとすると追いついてくるだろう。

下手すると日本人よりも早く良いものを創ってしまうかもしれない。

さてそんなときに日本人エンジニアは何をすべきなのか?

クリエイティビティな部分?

よくそういう話をするけど本当にそれが日本人としての差別化できるところなのか?

答えは自分の中でもまだ出ていない。

なんとなく鍵としてありそうなのは、日本に居る事のアドバンテージを生かすことなんじゃないだろうか。

いくらSkypeでいつでもリアルタイムで対話ができても、アーカイブから論文なりプログラムをひきだして読む事ができても、YoutubeGoogle Earth で仮想的な体験ができても、リアルに勝る部分っていうのはあるはず。

以前、インドの会社に海のCGをコンテンツで作らせたのだがどうにもこうにもエンジニアと話が通じ合えない。そりゃそうだ、後から聞いたら、彼等は本物の海をみたことが1人もいなかったのだ(内陸部の会社だったので)。

これは極端な事例だが、リアル体験に勝るものなし、ということを実感した思い出なんだが、そのあたり何かヒントにならないか、と思っている...

いや、もう "日本人" という枠で考えるのではなく、世界のITエンジニアとして何を武器に差別化していくか、を若い頃からかんがえておかないといけないのかもしれない...

お題から「某有名大出身の期待の新人が!」

今週のお題「印象に残っている新人」

たまにはお題をやってみる。

某一部上場メーカーの本社に勤務していた頃の話。

自分は部内の新人の研修講師を一部担当させられていて、ある新人からレポートが提出されないから彼のフロアまで直接伝えにいったときだった。

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普通に机で寝ていた!いびきをかきながら。

昼休みでもなければ休み時間でもない。まだ入社数日。まだ試用期間であり裁量労働制でもない。

一応、ポンポンと肩を叩いて起こし「寝てちゃだめでしょう」と優しくいうと、彼は大きな声でこう言った。

「僕はですねー、

 眠いと全くパフォーマンスでないですよ!

 眠い時は寝たほうがいいんです!!

 起こさないでください!!

その後も彼は業務中にしばしば寝てたよう。

さすが日本企業、首を切るなんてしないし、その後も彼は在籍していたらしい。

超有名大学の博士課程でてもこれか、と先輩らと愚痴ってたのは良い思い出。